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2008年01月24日
オフィス拡張と成長戦略(山川義介)
posted by Yoshisuke Yamakawa
ALBERTは現在3フロアある。1階は受付、会議室、倉庫、休憩室で。2階は2つの会議室とメディア事業部、コーポレートコミュニケーション部、人事。3階はエンジン事業部と技術推進部、総務・法務・財務・経理である。
業務効率やコミュニケーション効率を考えると1フロアが望ましい事は重々承知なのだが、数人からスタートしたベンチャーが、どの様にオフィスを拡張して行くのがよいかは非常に難しく、なかなか1フロアを維持して拡大して行く事はできない。
インタースコープは、2000年に中目黒で創業し1年後に代官山に、また1年後には池尻大橋へと、最初の3年は毎年引っ越しをした。ベンチャーの場合は、売上げや利益が順調に行かない状況でも企業の継続、成長のために資金調達をし、オフィスを広げ、開発を加速し、営業力を強化する事が必要なフェイズもある。
まさにインタースコープの歴史はそれの連続だった。中目黒と代官山は1フロアだった。中目黒のオフィスは中会議室が1つだけで、なんとかオフィスの入り口付近に小さなミーティングスペースを作るのがやっとだったが、代官山では大会議室と中会議室を作った。来客や社内ミーティングが増えると、どうしても中会議室1つでは足りない。
しかし、その後どんどん人が増え続け、二進も三進も行かなくなり、近くの秀和マンションを借りてシステム開発メンバーをそちらに移動させたり、中会議室を潰して執務スペースにしたりした。
かなりオフィス環境が劣悪になったという事もあり、家賃も安く、広い池尻大橋に引っ越した。最初から2フロア借りて、広い研修室まで作り、PCも30台くらい買ってLANを敷き、PCを使ったユーザビリティ調査や小さいセミナーまで開催できるようにした。
しかしここで問題が起きた。株主の皆様から、事業計画もろくに達成していないのに、こんなに広いオフィスを借りて何を考えているのかと叱られ、何とかせよとのご指導のもと、研修室を社外に貸し出す事にした。当時総務担当の小林さんをリーダーに、ネットで広告を出したりし、パソコンセミナーや社内研修に使っていただいたりもした。結果的には大して収益には貢献せず、広告を出したり研修前のPCのセッティングや休日出勤しての管理などにかかったコストや心理的負担を考えると、そんな事をする意味はなかったように思う。
そうこうしているうちに、売上げも順調に伸びて何も言われなくなり、その研修室もあっという間に執務スペースになるほど人も増え拡大成長した。そのおかげもあり、ヤフーに売却するまで移転もすることもなく引っ越しコストもかからず、比較的落ち着いて仕事ができた。
一方ALBERTは2005年、そのインタースコープの小さな会議室からスタートし、現在のオフィスに移転したのが2005年の8月。そして1年後にはオフィスが満杯になり、2007年年初に拡張するまでの約半年間は中会議室を潰して執務スペースにし、会議はすべて近くの「デニーズ」というつらい日々が続いた。
2006年の秋には、真剣に近くの小さなオフィスかマンションを借りようか、別のビルに移転しようか考えていた。移転コストもかかるし、1フロアのそこそこのオフィスは坪単価が非常に高い。色々悩んでいる時に、運よく1階と3階の大成建設さんが出られるという話を聞き、その場で借り増す事を決定した。
ベンチャーは最初の3年は我慢の連続だと言われる。もちろん、そこまで持たないベンチャーもあるだろうし、1年近くでIPOしたベンチャーもあるが、ある程度の組織ができ、ビジネスモデルも精緻化するのには、どうしても3年はかかると思う。だからこそ、創業からの3年の成長のさせ方は、オフィスの拡張戦略1つをとっても難しく、売上利益の状況と開発状況、市場の状況などをよく分析し、「ブレイクの兆し」を敏感に感じながらの舵取りが必要だ。ここで「兆し」を感じなければ、縮小する事を恐れず実行すべきだろう。
ALBERTは、確かに最初の2年は迷走した感があるが、昨年7月から3年目に入り「確かな兆し」が見えてきた。そして今年に入り、組織も変更し、同時にオフィスフロアのメンバー構成も大幅に変更し、「兆し」が「胎動」になって来た。冒頭に述べたように、「経営管理部門を分断する」という、IPOを目指す企業としてはあり得ない選択肢を採り、それ以上に開発、営業のコミュニケーションを重視した構成とした。それによって、複数フロアの非効率性を克服し、目標に向けて一丸となって進んでいる。
2008年01月24日 00:54
