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2008年05月26日
効率と能率の違い完結編(山川義介)
posted by Yoshisuke Yamakawa
前回、効率と能率の違いについて述べてから、あっという間に20日も経ってしまった。その間、VCの方にも、「回答はこうですか?」などと聞かれ、それは次回のエントリーでと期待をさせてしまい、本当に申し訳ないと思う。ちょっと長いエントリーだが、分割するとまた期を逸してしまいそうなので、一気に載せてしまう。
「効率と能率の違い完結編」に入る前に、ロジカルシンキングの基本について、再び話をしたい。推論の方法論には、「帰納」と「演繹」があるが、先日始めた社内の勉強会で、「帰納と演繹の違いを説明できる人」と聞いたら、何と学生の澤本君だけが挙手をし回答できた。社員が全員いるのに、なぜ手を挙げないかと、勉強会後に特に優秀な社員を叱責したのだが、「意味は分かるがきちんとした説明ができないかなと思い躊躇した」との事で、まあそういう事もあろうかと思い、来月から毎月、グループワーク付きのロジカルシンキング講座を開く事にした。
帰納的に言葉の意味を考え定義する事は、ロジカルシンキングの基礎の基礎だ。そういう意味で、「効率」と「能率」を考えると、「日本能率協会」「産業能率大学」「能率手帳」などはあるが、「効率協会」「効率大学」「効率手帳」などはあまり聞かない。一方、「エネルギー効率」「業務の効率化」「効率アップ」とは言うが、能率をここで使う例はなくはないが、検索しても結果の数は10分の1以下である。そういう意味では、何となく似ているので、どちらも使う事もあるし、混同されている事もあるし、違った意味で使う事もある。
一方、演繹的に考えた場合、そもそも効率も能率も物理で使われているので、その物理的定義は明らかだ。英語では能率も効率も、同じ言葉で「Efficiency」と言うらしいが、物理学では使い分けがされているようだ。「率」というからには、分母と分子があるのだろうと思う。
「効率」は、国語辞典(旺文社 国語辞典[第八版])によれば、
①得られた成果に対して費やした労力や時間の割合。
②機会によってなされた仕事の量と、それに使われたエネルギー量との比。
とある。
つまり、物理学的に言えば、「入力と出力との比率」だ。使った労力に対して、どれほどのアウトプットがあったかという事が、効率の一般的な定義だろう。
一方、能率は物理学では「モーメント」と言われる。国語辞典的には、
①一定の時間内にすることのできる仕事の割合。仕事のはかどり具合。
②〔物〕モーメント
とある。このモーメントがまたわかりにくい。モーメントとは、
『定点に関するある量の効果を示すために、定点からその量までの距離をその量に掛けたもの。力の回転の効果は力のモーメント、運動量の効果は運動量のモーメント(角運動量)などで表す』とあるが、よく分からない。要は、距離×力なので、比率ではなさそうだ。
モーメントは回転体でよく使われるので、「慣性モーメント」といえば、「回転のしにくさ」であり、裏を返せば一度回転すると回転続ける力の強さとでも言えばいいか。同じコマでも全部が木でできているコマより、周囲に鉄のリングをはめたコマのほうが回しにくいが、一度回れば良く回ると言えば、お分かりいただけるだろうか。(ゴルフクラブにも慣性モーメントがあるので、詳細は私が10年前に書いたこちらを参照して欲しい。)
このモーメントは「角運動量」であって、比率ではないにも関わらず、なぜ「能率」と訳されているのか、ご存じの方があれば教えて欲しい。
モーメント以外で物理的な使い方をする例として、スピーカーの性能に「能率」をよく使う。ただ、「90dBの高能率のスピーカーでも効率は5%だ」という様な使い方をする。なぜ、こんな使い方をするのかは、あとで私の推論を述べたいと思う。
さて、効率と能率の違いに関しては、色々な人が色々な説明をしているので、いくつか引用してみたいと思う。
●効率は、入った量と出た量の比率のことで、人間の行動に関して言えば、投入した労力と得られた成果の比率である。 能率には、さらにかかった時間のファクターが入る。
●一般的に「能率」は一定の期間でこなせる仕事の絶対量を表すのに対し、「効率」は仕事の成果とそれに要するさまざまなコストとの相対的な比較を表す傾向がある。
●能率は100%を超えるが効率は100%を超えない。
●効率とは機械が実際になしうる仕事とその機械に供給したエネルギーとの100分比のことを言う。したがって、100%以内の数字で示される。能率とは一定時間内に何人で何個作ったか、という出来高を比較するときに用いられる。
●能率、効率と効果の関係は、分母と分子の関係で、どちらを固定して見るかの違いだ。
●効率が良くても、能率が悪いとダメだ。
これらの説明は、何となく分かる気もするし、そうでもない気もする。ある一部分の分野での説明としては、正しいかもしれないが、包括的な説明にはなっていない。
例えば、スピーカーの能率には、かかった時間のファクターはなさそうだし、単位時間の成果でもなさそうだ。「能率は100%を超える」とか、「分母分子を固定する」とあるが、効率は明らかに分母と分子の単位が等しいので、「%」に意味があるが、能率は分母が時間、分子が仕事の量だとすれば、「%」の概念はないはずであるし、そもそも「率」なのかという話もある。
色々考えて見ると、結局明確な定義はなく、以下の様なイメージではないかと思う。

英語では同じだと言われる様に、効率と能率は同じ様に使われる事があり、完全に分離はできない。そういう意味でベン図は重なっている。また、能率を上げる為には、効率を上げる必要がある。ただし、効率を上げれば能率が上がるかと言えば、そうでもなさそうだ。「効率が良くても、能率が悪いとダメ」というのは、そういう意味だろう。つまり、効率より能率のほうが、概念として大きく、包括的である様な気がする。また、効率には人や時間の概念が関わらないという事から考えても、能率のほうが包括的でありそうだ。
スピーカーの例は比較的説明しやすい。dB(デシベル)は音圧と言われるが、何ワットのアンプで音を出すと、どれくらいの音の大きさになるかという意味だ。ただ、そもそもこのデシベルは、人の聴感に合わせているので、例えば0dBは、人の聞こえる最も小さい音という、よく分からない基準に対して、雷の音は何倍音圧が高いかというような尺度で表現するので、極めて人間臭い単位である。従って、何ワットの入力に対しての人間的な音の量なので、「能率」と言うのではないかと思う。
それに対して、効率が5%というのは、入力した100%のワット数に対して、そのスピーカーが出すエネルギーの量が、5%に過ぎず、95%は電気抵抗により、熱などの別なエネルギーに浪費されてしまっているという意味だろう。
つまり、効率と言うのは、入力したエネルギーに対して、「無駄」がある事によって、出力するエネルギーが減る事を言っている。効率が悪い仕事というのが、裏を返せば無駄の多い仕事という意味でもあり、無駄をなくせば、当然効率も能率も上がるはずだ。
ただし、必ずしも単位時間内での仕事の量が最大になるのが効率追求かと言えばそうでもない。バケツの例を思い出してみよう。
効率を追求するのであれば、無駄をなくすのがよいのだから、水はこぼさないほうがいいし、何回も往復しないのがいい。以下の計算はメディア事業部の田村君が教えてくれたものだ。
>力学で考えると、
>1mを歩くときの仕事量を1J、
>バケツの重さを無視できるとすると。
>
>①最短距離を目指す
>100m×1J + 40kg×100m×1J = 4100
>
>②一度に掛かる重さを20kgにする
>(100m×1J)×2(往) + (20kg×100m×1J)×2(復) = 4200
つまり、最高に効率を追求すると、目一杯の水を入れたバケツを1回で運ぶのがよい事になる。
しかし、水を目一杯入れると、こぼれやすいので、ゆっくり慎重に歩かなくてはいけない。神経も使うし、時間もかかるだろう。手も疲れる。ただ、もしこれを機械がやるとしよう。機械は水がこぼれないように安定して運搬できるだろうし、2往復より1往復のほうが、電気代も節約できるだろうし、機械はぶら下げていても疲れない。つまり、効率は最高にいいはずだ。
ところが、能率は、時間の概念が必要だ。つまり、短い時間で仕事を完了させなくてはいけない。そう考えると、20キロのバケツを両手にぶら下げてゆっくり慎重に1回で運ぶより、10キロのバケツを両手で持って、2回に分けて走って運んだほうが、より早い時間で目的を達成する事ができる訳だ。
仕事は、無駄をなくすという意味では、効率を追求すべきだが、目的を達成するためには、能率を追求しなくてはいけない。だからこそ、「能率協会」や「能率大学」や「能率手帳」はあるが、効率のそれはないのではなかろうか。
2008年05月26日 23:36
