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2008年10月23日

ダイバーシティとイノベーション(山川義介)

posted by Yoshisuke Yamakawa

「ダイバーシティ」と言うと、技術屋の私はまず「ダイバーシティアンテナ」を思い出してしまう。車のテレビアンテナに使うのだが、複数のアンテナで受信した同一の電波を、電波状況の優れたアンテナの信号を優先的に用いる技術のことだ。経営で使う「ダイバーシティ」は、英語の"Diversity & Inclusion"の前半だけを取ったもので、「多様性の受容」という意味だという。つまり、外見的属性などに関係なく、すべての人が各自の持てる力をフルに発揮して組織に貢献できるような環境をつくる」ということだ。

今週、日経産業新聞の「部長のための経営学講座」でダイバーシティが連載されている。この言葉は上村君もよく口にするのだが、ALBERTでは創業以来ベトナム、ミャンマーの技術者を受け入れ、現在はカン君とリュ君という韓国の方2人に頑張っていただいている。私もそうだが、上村君も「国籍、性別、年令、教育」へのこだわりがほとんどない。国籍はもちろんの事、ALBERTでは女尊男卑とも言えるくらい女性を大切にしている(つもり)し、学歴なども一切関係ない。そもそも上村君などは、社員の出身校などほとんど知らないのではないかと思うほどだ。

今回の連載では、この様な外形的な属性のほか、3つの軸が紹介されている。2つ目の軸は「肩書・職位、雇用形態、勤務年数」など人事組織的な仕組みに基づくものだ。ALBERTはアルバイトでもインターンでも非常に重要な仕事を任せるし、社員を優遇という事など全くない。3つ目の軸は、「ライフスタイル、夫婦の役割分担」などの生活様式、生き方に関するものだ。4つ目としては、「価値観、宗教、性格、志向性」などの個人に内在する全容が見えにくいものとある。3つ目の軸はいいとしても、4つ目に関しては特にベンチャーでは受容し難い部分もある。前のエントリーで上村君が言っているように、逆風の中を生き延びるにはスタッフ全員が一丸となって同じ方向を向く必要がある。その時に、価値観や志向性が違う人がいると、減速する事がある。そういう意味で、すべての多様性を受容するのがよいとは決して思わないが、オール4より、一つでも5があり、他が2や3でもいいという考え方をしているので、ダイバーシティは非常に重要な概念だと思う。

もう一つ着目すべきはイノベーションとの関係だ。ルネッサンスは、フィレンツェの大富豪であったメディチがあらゆる分野の芸術家や文化人を保護したために、多種多様な人々が切磋琢磨し文化を創造したものだ。人種の坩堝であるアメリカではイノベーションが起きやすいとか、開国により異文化との遭遇によって日本の近代化が始まった事とか、多様性を受け入れる事がイノベーションにつながる事は歴史が証明している。イノベータは多言語を話すという説もあるが、当社に来ている韓国の二人は、とにかく日本語がうまい。お笑いのテレビを30年分見たとか、日本語のドラマを見たとか、それなりの努力はしていると聞いたが、もう40年近く英語に触れているにもかかわらず、ろくすぽ会話もできない私から見れば、たった数年でここまでうまくなるとは信じられないことだ。

ALBERTは色々な意味で、多様性を受容する企業だ。本当の意味でのダイバーシティを実現するには、まだまだ人事制度や社員教育、評価制度など問題は山積みだが、素地がある企業なので継続的なイノベーションに向けて全社一丸となって頑張って行きたい。

22:17

2008年10月22日

今日は株主報告会(上村崇)

posted by Takashi Uemura

本日は四半期に一度の株主報告会だった。
株主の数が多いのでいつも通り外部の会議室を借りての開催。

はじめに山川が昨今の市場概況と来期の大枠の方針を説明、バトンタッチして僕が第3Q までの振り返りと今期の見込み、来期以降の中期計画について説明を行った。

ベンチャーだけでなくあらゆる企業にとって、逆風が吹き荒れていることはここでいうまでもない。
冷静に状況を見極め、今何を成すべきかを正しくジャッジし、徹底した選択と集中で、骨太な企業体質を目指す。
こういうときは大胆な打ち手が必要だと思う。

また一方で忘れてはいけないと思うのは、こういう時でも将来への布石をしっかりと打っていくこと。
「開発はし続けなければいけない」という山川語録はもう何度も紹介したが、今こそこの言葉を意識すべきタイミングだ。
ただし、開発の仕方については注意が必要。
マネタイズ優先の開発に重きをおいていく。

本当に強い企業だけが残る、選別の時期がやってきた。

22:04

2008年10月19日

誰でもイノベータになれる方法(山川義介)

posted by Yoshisuke Yamakawa

かなりブログのエントリーをさぼってしまった。別に病気をしていた訳ではないのだが、ここのところ、勉強と開発に明け暮れている。勉強というか研究かもしれないが、明治大学のMBAで教えるようになって、色々と研究テーマが増えた。イノベーション論を教えているのだが、今まで自分ではたくさんの物を開発して来たし、それを事業化しようと起業も3回しているので、まあ自分はイノベータでありアントレプレナーの末席を汚すくらいではあるかなとは思っている。ただ、じゃあなぜ自分がイノベータなのかという理由に関してはあまり考えた事がない。

好奇心旺盛で創造力がある、とことん理解しないと気が済まないほうだとは思っている。ただ、それをシステム化してイノベータを育てたり、組織として企業で経営に活かすという事はあまり考えた事がなかった。そもそもイノベータなんて、ロジャースの普及理論で言えば、2σからはずれた2.5%しかいないのだから、40人の組織では1人いればいいわけで、「企業の規模はバス1台がベスト」を持論としている私とすれば、これ以上いる必要もないかと思っていた。ALBERTでは少なくとも社長もイノベータだから2人はいるので充分なのではないかと・・・。多すぎても方向が定まらず、一意専心になれないという事もある。

しかし、イノベーション論を学ぼうというくらいの社会人は、個々がイノベータかどうかは別として、誰でもイノベータになれる方法を知りたいようだし、イノベーションを起こす人材育成や組織運営の方法を知りたがっているようだ。元々、今回のイノベーション論がなぜ開講されたかと言えば、文部科学省のサービスイノベーション人材育成推進プログラムの一環として大学が委託されたものであったので、イノベータを育てる方法を研究しなくては意味がなかったのだろう。

イノベーションを起こす人をイノベータと言うのだが、ではイノベーションとは何かという問題が出てくる。先日の授業でも「スターバックスはイノベーションか」という議論をしたが、賛否両論で実に面白かった。そもそもイノベーションかどうかを判定する裁判官のような人はいないので、それがイノベーションだろうがそうでなかろうが、乱暴な言い方をすれば、斬新なことをして結果的に事業が成功すればそれでいいのではないかとも思う。もちろん、微少な改善はイノベーションではないし、かと言って馬車が蒸気機関車に変わるくらいの変化がないとイノべーションと言えないかと言えば、そうではないだろう。

そこで、後期のテーマとしては、イノベーションとは何かという自分たちなりの定義をし、誰でもイノベータになる方法はあるのか、という壮大なテーマに臨んでみようかと思っている。今はシュンペータの研究をしているのだが、新結合の事例としてALBERTで近々発表する新エンジンについて考察したいと思う。それがイノベーションかどうかは別として・・・。

21:49

2008年10月12日

人は「顔」に反応する?顔認識と画像認識(上村崇)

posted by Takashi Uemura

最近ウェブ上の広告を見ていて思うのだが、やたらと「女性の顔」が多い。
気のせいだろうか?

特にmixi上の広告はほとんど女性の顔だった。この3ヶ月ぐらい。
気になってYahoo!はどうかと色々見てみると、やはり女性の顔が多いように思えてきた。
(そうでない広告も沢山あるけど)

広告とは全く関係のない情報でも、「顔」がそこにあると思わず見てしまうからではないかと思う。

人間の識別能力は、特に「顔」に対しては高度に働くということを聞いたことがある。
だからお札には「顔」の絵が使われていると。(偽札が見分けられやすい)
確かに世界のお札の多くに「顔」が採用されていると思う。

広告もリリースもキャッチが何よりも大事なので、広告の中身をあらわすよりも、「顔」でひきつけたほうが効果があるということか。
どこかの代理店で顔のほうがクリックされるという分析結果がでて、一気に顔が流行ったりしたのだろうか。

「はてな」にもこんな質問をしている人がいたりして気になる。。
http://q.hatena.ne.jp/1198557208

話は飛ぶが
人間が目で見た画像を認識するとき、その対象が「顔」である場合と「物」である場合で全く異なったプロセスを走らせているはずだ。
なので画像解析のエンジンは、解析対象によって違うアルゴリズムを走らせるべき。

ALBERTが徳島大学と共同開発している「SUDACHI」は今のところ「物」の解析に長けている。背景を無視して、色、模様、形状の視点で解析できる点が特徴だ。
でもこの方法で「顔認識」をしてもうまくいかない。

恋人が南の島に行って日焼けして帰ってきても、子供がハロウィンで顔にペイントをしていても、久しぶりに会った兄弟が多少太っていても痩せていても、問題なく認識できる・・・・ということで説明できるかどうかわからないが、、
少なくとも「色と模様と形状」で解析していない。ということは大体賛成してもらえるのではないか。

風景はどうだろうか。
これもまた、顔、物(物体)とは違った解析がされているのではないかと思う。
「この風景どこかで見たことがある気がする・・」
とういあの感覚は、どういうメカニズムで生まれるのだろうか。

いずにれにても画像解析エンジンは、その対象によって適切なアルゴリズムを走らせなければうまくいかない。

ALBERTでは当面は「物」の解析を中心に研究を進めていく予定だ。
この分野がビジネス的にも有望だと思っている。

20:20

2008年10月04日

インターネットリサーチの将来(山川義介)

posted by Yoshisuke Yamakawa

私はいつも経営者の仕事は「方向指示器付きお茶汲みだ」と言っている。そんな事を公言するものだから、元インタースコープFI(現ヤフーバリューインサイト)のYさんが、「じゃあインターネットリサーチは将来どうなると思いますか?」と質問して来た。お前は方向指示器なのだから、方向を指示しろという訳だ。しかし、私はもうインターネットリサーチ会社の経営者ではないので、それは田部さんの仕事だろうと思ったものの、やはり自分の創業した会社の元社員が活躍しており、大きく成長している訳なので自分の考えを明らかにしておいたほうがよいだろうと思い、今日はこの話題を書くことにした。

私は現在ALBERTというレコメンデーションの専門企業の経営している訳だが、元々はインタースコープの事業として「レコメンデーション」は創業前の1999年から平石さんと一緒に考えていた事で、その後もリサーチやデータマイニングのノウハウを活かし、ALBERTのようなシステム開発までリサーチ会社でやってもいいではないかと思っていた。ログ解析や最適化のノウハウがあるのだから、それをエンジンとして販売する所までやればいいじゃないかと思っていた。結局は、様々な事情で外に出て別の会社でやる事になった訳だが、これも一つのインターネットリサーチ会社の方向性の一つだと思っている。

ただ、その時にYさんに答えたのはそういう内容ではなく、「今後のインターネットリサーチは量ではなく質を追求する様になる」と言った。インターネット リサーチは、大幅なコスト削減により、街のラーメン屋さんがメニューを決める時にも使えるサービスだ。これはマクロミル創業者の杉本さんがおっしゃっていた事だが、今までの紙と鉛筆の調査からネット調査への移行は、大きなイノベーションであったし、リサーチそのものの変革であった。

それだけに、2000年当初は抵抗も多く、特に統計数理研究所のO先生とインターネットリサーチ研究会でのバトルは激しいものがあった。しかしこれも、新しいものが出て来る時に通過しなくてはならない登竜門であり、進歩のための抵抗でもあり、結果的には研究も進み理解も深まりよかったのではないかと思う。そういう時代も経てインターネットリサーチ業界も落ち着きを取り戻していると思う。2005年前後からCGMが台頭し、ブログ分析や掲示板情報の分析が流行った。AISASの最後のSが機能するようになると、定量調査などしなくてもネット上のCGMデータを分析すれば何でも分かってしまうから、インターネットリサーチは不要になるという様な乱暴な意見もあったが、私は絶対にそれはないと思っていた。

市場調査には様々な目的や分類があり、社会調査はインターネット調査と相性が良くない事は明らかだし、出現率や認知率などの率を聞く調査と、商品企画のアイデアを抽出する調査では、同じ定量調査だとしても全く目的が違うので、サンプリングの仕方も調査手法も変えなくてはいけない。そのあたりをごっちゃにして話す事はできないが、CGMの分析データから得られる事も多い。しかし、それだけでリサーチが不要になる事はあり得ないし、代替えとい う種類のものではない訳だ。ただ、今までリサーチでしか取れなかったデータが、CGM利用で取れるようになるという事はあり、トータルとしての定量調査の需要は減る可能性はあると思う。また、最近ではデスクリサーチで、かなりの部分が取れてしまう。ヤフーバリューインサイトの超優秀なリサーチャーであるKさんと話していると、「ああそれはここにありますよ」「そのデータはここで売ってますよ」と次々に欲しいデータの在処をを教えてくれる。優秀なリサーチャーというのは、「リサーチしなくていい事」をよく知っているものなのだ。

インターネットリサーチが、量から質へ向かうというのは、量の拡大であったWEB2.0から、質の追求、集約のWEB3.0へという流れにも合致して いるが、モノが売れない、世界的な金融不安で消費が伸びない時代に、消費者の購買行動をもっとサイコロジカルに分析する必要が出て来ていると思う。 AISASに関しては、近々このブログで書こうと思っているが、消費者の購買行動のモデルが、AIDMAからAISASになったかどうかは別として、購買における情報収集や意思決定のメカニズムが、1990年代とは明らかに変化をしている。この時代の変化に、企業のマーケティングは本当に追いついているのだ ろうか。

先日、クチコミセミナーの講師をしたが、WEB3.0時代における「ソーシャルグラフ」という考え方や、インターネットが作り出す新しい「きずな」 が購買行動に与える影響などを、もっと研究する必要が出てくると思う。そういう意味で、インターネットリサーチに限らずだが、市場調査というものが、より人の心に踏み込んだ方向に向かうのではなかろうか。

もう一つの別の視点で考えてみたい。

そもそもマーケティングリサーチにおける定量調査は、仮説を立ててそれを検証するものがほとんどである。出てきた結果を統計的に処理し、仮説を美しく正当化しレポートにするのが仕事と言っても過言ではない(ちょっと言い過ぎか)。専修大学の新井範子先生が、「創発するマーケティング」(共著)の中で、「従来のような、あらかじめ仮説を立て、その仮説を検証していくことに調査の主眼を置く、いわゆる仮説検証型の調査も意味がなくなる。」と述べておられる。所詮人が作った仮説なので、検証される事が目的になっており、検証されやすいものが仮説になっている。分かりやすい因果関係で考えられ、この因果関係を導くのがマーケティングリサーチだとしている。

ここには、関係という視点が足りず、昨今の消費行動を理解するには、より人の関係や情報ネットワークの複雑な連鎖を分析する必要がある。「社会的 ネットワーク分析」という分野にリサーチ会社はもっと真剣に取り組むべきである。誰と誰がどの様な関係、知り合いで、どの様に情報をやりとりし、どの様に意 志決定に影響を与え合っているのか、このあたりをリサーチという手段を用いて可視化しなくてはならない。

インターネットリサーチ会社は(私の反省も含めて)、画面作成のシステム開発には多額の投資をし、効率的な実査を追求する。それはそれで競争優位を築く戦略としてアリだとは思うが、そもそも何をリサーチしなくてはならないか、何を明らかにしなくてはならないかの部分をおざなりにしたシステム開発には意味がない。所詮、人の考えたシステムは、どの企業が行っても同じ様なものであり、後発の企業がよりよいシステムを作るだけだ。結果的にその戦略では差がつかない。

12:49