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2008年11月26日
母校でゲスト講師(上村崇)
posted by Takashi Uemura
昨夜は早稲田大学商学研究科MBAコースの「マーケティングとトップマネジメント」というクラスでゲスト講師をさせていただいた。
2年前にも同じクラスで話をさせていただいたので今回で2回目。
こういう形で母校に帰る機会をいただけるというのは卒業生としては嬉しいことだ。
内容はALBERTの創業前から現在に至るまでのエピソードを、「マーケティングとトップマネージメント」という非常ーに広いテーマに無理やり紐付けながらお話させていただいた。
かなり赤裸々に話したので、ベンチャー企業の実態を知っていただくという意味では興味を持ってもらえたのではないかと思う。
セミナーなどで事業内容やサービスについてプレゼンする機会はあっても、自分の経営観を第三者に語る機会は滅多にないので貴重な経験ではあったが、社会人の方の前で語るには自分はまだまだ未熟すぎると思った。。。
2008年11月24日
「E=mc²」をついに証明(山川義介)
posted by Yoshisuke Yamakawa
欧州物理学チーム,特殊相対性理論の「E=mc²」をついに証明
すごいニュースが飛び込んで来た。アインシュタインが1905年に発表した特殊相対性理論の有名な関係式「E=mc²」が、1世紀余りの後、フランス、ドイツ、ハンガリーの物理学者のチームが行ったコンピューターによる演算の結果、ついに証明されたそうだ。何が驚いたかって、この有名な式が「仮説」であって、証明されていた訳ではないということだ。
「E=mc²」と言えば、相対性理論の影の部分である、原子力爆弾を思い出さざるを得ない。原爆で最も大きな被害を受けたという、広島の市立舟入高等学校の子女慰霊碑の少女が持つ箱に、この「E=mc²」が刻まれている。建立当時(1948年)の占領軍の報道規制により、『原爆』の文字が使えなかったため、代わりにこの文字が刻まれたそうだ。原子爆弾で核分裂を起こしたのは、たった1kg弱だったそうで、質量がエネルギーに替わる恐ろしさを感じる。
ほとんどの人が気がついていないかもしれないが、ALBERTの事業内容にも、「E=mc²」が刻まれている。レコメンデーションテクノロジーを意味するV字のセンターの球の左側に薄く描かれている。これは、もちろん原子爆弾を表現したものではなく、アインシュタインが弱冠26才にして特殊相対性理論を発表した事への畏敬の念であり、アインシュタインの既存の概念にとらわれないイノベイティブな姿勢を忘れないというの私の意志でもある。このチャートには、他にもたくさんの式が薄く描かれている。ここではそれぞれの式の意味は説明しないが、決してイメージ画像ではなく、実は意味のある数式なのだ。
2008年11月20日
痛くないインフルエンザの予防接種(山川義介)
posted by Yoshisuke Yamakawa
昨年も実施したが、今年も社員を対象としたインフルエンザの予防接種を実施している。会社の近くにある林クリニックで、日程を決めて順番に行く事になっている。今日、海鮮丼ランチの後に実施してきた。会社を出る時に、「痛いですよ~」と脅されて行ったものの、ちくりとした程度。看護婦さんの腕がよかったのだろうか。
今週の講義で、「最近考えたイノベーションは何か」と一人ずつ聞いてみたところ、痛くない注射器の話をした学生がいた。WBSなどでも取り上げられているので、ご存じの方も多いと思うが、社員たった6人の岡野工業株式会社が開発したものだ。蚊にくわれても痛くないのになぜ注射は痛いのかという疑問から開発が始まったそうだ。その苦労話は、ここに詳しく出ているので是非ご覧いただきたい。
ここで言いたいのは、「蚊が痛くないのに注射器が痛いのはなぜか?」という発想がイノベーションなのではなく、「一日何万個も作るシステムができなければできたうちに入らない」という考えのもとに、「70年間生きてきて得たものを総動員した」いうところに真の価値があるということだ。
私はまだ70才までは約20年ある。まだまだイノベーションに挑戦し続けなくてはいけないと、改めて思った。
2008年11月16日
IVSに参加して思うこと(山川義介)
posted by Yoshisuke Yamakawa
恒例のIVS(Infinity Ventures Summt) 2008 Fall に参加した。2004年のNILSから通算すると、9回目になると思うが宮崎では5回目だ。2004年のNILSには堀江さんも参加され、そのパネルディスカッションやセッションには感動した。SNSやWeb2.0などまだ誰も騒いでいない頃から、あたり前のように話題が出て来ており、今回のAR(Augmented Reality=オーギュメンテッド・リアリティー=拡張現実)などもおそらくその流れが来るのだろうと感じた。VR(仮想現実)には否定的だった私だが、ARに関しては全く次元の違うものではないかと思う。
Launch Pad では電脳フィギュアARis(アリス)の発表があった。早速Amazonで購入したが、ゴルフの後の懇親会で芸者東京エンターテインメントの田中社長が、「こんなものは序の口だ、もっとすごいものが山のようにある」とおっしゃっていた。この世界に限りない可能性を感じる。
その他、セッションの中で色々なスピーカーの方々のお話を聞いたり、デモを見るにつけ、ALBERTの方向感が間違っていないなという事を確信した。マルマン創業者の片山豊社長は、「人間は神に近づく動物だ。神は無手段にして全知全能である」とおっしゃっている。まさにそういう事だ。例えば、検索エンジンに検索ワードなど入力しないほうがいい、キーボードなんてないほうがいい、もっと言えばパソコンなんてないほうがいいのである。
そんな話を聞き、私も上村も大いにインスパイアされて戻って来た。来年のALBERTはヤバイかもしれません。
2008年11月09日
創業者の引き際(山川義介)
posted by Yoshisuke Yamakawa
はじめに、私は別に引退を考えている訳ではないし、今辞めようという気持ちは毛頭ないのでご安心を。
なぜ、こんなタイトルでブログを書き始めたかと言うと、明治大学MBAの講義で前回までシュンペーターを扱っていた。シュンペーターは、「企業家とは何か」の中で、『企業家は、一度創造された企業を単に循環的に経営していくようになると、企業家としての性格を喪失する』と言及している。また、企業家の行動の適切な解釈として、『企業家は変化と冒険とまさに困難そのもののために、経済に変化を与え、経済の中に猪突猛進する』とある。まさに、これは自分に当てはまると思った。
今週からは、いよいよピーター・ドラッカーに入る。ドラッカーと言えば、難解でよくわからないという印象がある。インタースコープ時代に久恒さんがハーバードビジネスレビューを読んだりやドラッカーの話をよくしたりしていて、よくあんな難しい本を理解できるなと感心していた。難解というのには2種類あって、1つは「表現が難解」、もう1つは「内容が難解」である。表現が難解というのは、例えば英語やロシア語で書かれた書物は童話でも難解というのに似ており、易しく翻訳すれば中身は理解できるというものだ。内容が難解というのは、シュレディンガーの波動方程式とか偏微分を使った熱力学など、化学系の大学を卒業した私でも未だに理解できないもので、今更理解しようとも思わないものである。
そういう意味で、こと経営書に関しては、まさに自分が経営者となり経営を実践しているのであるから、内容が理解できないということはないはずだと信じている。となれば、ドラッカーは表現が難しいという事になるわけだ。特にドラッカーの経営論は、大企業や国際的な企業だけに適用されるものではなく、中小企業にも当てはまると言われているのでなおさらだ。
例えば、ドラッカーの有名な言葉で「企業の唯一の目的は顧客の創造だ。」というのがある。これを初めて聞いた時には、まるで何を言っているのかわからなかった。しかし、これも表現を易しくすれば誰でも理解できる。「顧客の創造=売上げを上げることだ」、と言われればそりゃそうなのかと思う。さらに、そのためには、売上げをもたらす顧客を増やすことだ。当然のことながら、企業は購買の決定権のある顧客の売上げで成り立っているわけである。
商品とは、「顧客の問題解決の手段」であり、ニーズとは「お金を払ってでも解決したいと顧客が思っている問題や課題」、利益とは「顧客への貢献度の物差」。このように、常に顧客を主語で経営を考えると、非常にわかりやすくなる。企業の目的は、決して利益を上げることではないと言う。利益は企業にとって、空気や水と同じ存在であり、人が生きる目的が、空気を吸い水を飲む事ではないように、企業の目的は利益を上げる事ではなく、その利益によって顧客を創造し、社会に貢献する事だという考えは非常に重要だし、理解しなくてはならない。
そんな経営の神様と言われるドラッカーの、代表的な著作である「イノベーションと企業家精神」の15章「ベンチャービジネス」の中に、「創業者は何を貢献できるか」という項があり、「トップ経営陣を構築した後に自分自身の将来を考えなくてはならない」とある。さらに、ベンチャービジネスが発展し、成長するにつれて、本来企業家である創業者の役割は容赦なく変わり、これを受け入れない限り事業の発育が止まってしまう、と述べている。
この事と、先に述べたシュンペーターの「企業家とは何か」を併せて考えると、ALBERTが順調に顧客を創造し続け、上村君の目指す安定した基盤ができればできるほど、創業者山川としての経営上の役割は減少し、自分としての新たなイノベーション、職業開発に注力できる体制ができるという事になり、即ち経営の第一線からも引くという事に他ならない。それが何年後になるかは分からないが、その時にはドラッガーが書いているように自分自身にこう問いかけるのだ。
「今後の経営のため、客観的に見て、何が必要なのか?」
「自分は何が得意か。これらのニーズのうち何を供給できるのか。しかも立派に供給できるのか?」
この2つの質問に結論を出してはじめて次のように問うことができる。
「本当は何をしたいのか。何をすることに価値を置いているのか。残りの人生とは言わないまでも、これからの数年間を何に費やしたいのか。それは会社が本当に必要としているものか。それは重要かつ基本的、不可欠の貢献なのか?」
2008年11月07日
配色検索でラジオ出演!(上村崇)
posted by Takashi Uemura
弊社が日本カラーデザイン研究所と徳島大学とで共同開発した「画像とイメージワードのマッチングエンジン」が、日経産業新聞に続き、静岡エフエム放送放送で取り上げられました!
元鶯嬢というと誰もが疑わない美声の広報、佐藤が生出演、堂々としたやわらかな受け答えには手前味噌ながら感動してしまいました。(ちなみに鶯嬢というのは嘘です。本当に信じる人が多いので念のため。。。)
静岡エフエム放送のサイトからもリンクしていただいています。
「画像とイメージワードのマッチングエンジン」を活用すれば、アパレルサイトでの、自動コーディネートや、イメージにあわせたファッションの提案が可能です。
例えば、「なるべく女性らしいキュートなイメージ」と入力すればそのイメージに合うスタイルが自動表示されたり、今見ている商品やお気に入りに登録しておいた商品にフィットするコーディネートを自動提案されたりと、まるでスタイリストにアドヴァイスをもらえるかのような世界をウェブに実現します。
もちろん、アパレルだけでなく、家具などのインテリア、お店や家のエクステリアなどにも応用可能です。
「温かみのある落ち着いた部屋にしたい」と入力すればカーペットやソファー、壁紙までが推薦されれば、非常に便利ですよね。
このシステムに関するお問い合わせはお気軽にこちらまで
03-5333-3747(セールスグループ)
2008年11月02日
テレビはどこまで薄くなるのか(山川義介)
posted by Yoshisuke Yamakawa
今やパソコンもテレビも液晶があたりまえになっているが、当然のことながら数年前まではブラウン管が主流だった。そもそもブラウン管というくらいなので、1897年「ブラウンさん」が発明したものなのだが、1926年 日本の高柳健次郎氏が受像装置の開発を成功した。日本ビクター久里浜研究所にそのブラウン管式テレビ受像器(復刻)があるそうだが、世界で最初にブラウン管に写った文字は日本語の「イ」)とのことだ。(復刻版の映像はこちら)
こうして発達して来たテレビの受像器だが、私が子供の頃のテレビといえば、角も前面もまるくて、後ろに突起がある代物だった。その後、角は直角に、前面は平面になり、サイズも大型化が進みし1インチ1万円という時代があった。私がマルマンにいた頃、14インチのテレビのシェアはトップだったが、入社当時は19,800円くらいだったと思う。どんどん値下がりして最終的9,800円くらいになっていたのではないかと思う(パチンコの景品にもなったくらいだ)。その頃、韓国製の安いテレビは、画面の大きさに対して奥行きは長かったが、ソニーなどは画面に対する奥行き比の低下(薄型化)を実現していた。
その後液晶テレビが出現し、液晶で1インチ1万円という時代が再度復活した感もあったが、今ではサイズより厚みの逆数のほうが、値段との相関が高いと思われる。韓国のLGが2004年に今までのブラウン管より薄く、液晶テレビよりかなり安いといいう、実に中途半端なブラウン管テレビを発表した。この話を聞いた時、液晶テレビの価格がどんどん下がる事などは、誰が見ても明らかなのに、何でまた余計な開発費をかけて商品化をしたのだろうかと、全く理解ができなかった。
一方、今年の3月にソニーがブラウン管テレビ、トリニトロンの歴史に幕を降ろすという衝撃的な報道があり、国内だけではなく海外への出荷も在庫限りとなったわけだ。一部ではトリニトロンという優れたテクノロジが液晶でシャープの後塵を拝する事になったという意見もあるようだが、一世を風靡したことは間違いない。日本ではおそらく地上波デジタルへの移行でほとんどブラウン管テレビが姿を消す事になるだろう。
ブラウン管から液晶への変化は、間違いなくイノベーションだと思う。たとえば、厚みの変化は非連続的であり、原材料も生産方法も非連続的な変化であった。さらに薄くなるという事は体積が大きく変化することから、梱包材を含む物流コストが激減したわけだ。このことは、地球温暖化という問題からも大きな進歩である事は間違いない。
ここまでは、テレビにおけるイノベーションとして誰も疑わないと思うのだが、ソニーが世界最薄という薄さ9.9ミリの液晶テレビを発売したり、CEATEC2008でも相変わらずの薄さアピールであり、薄さ競争は終焉と言われつつも、未だにこの争いは続いているのではないかと思う。一般的な消費者にとって、薄さの効用値がどの程度なのか、コンジョイント分析などを用いて調査をしてみたいところだが、某社のTVコマーシャルは、いかにもこの薄さ競争を地球温暖化対策に取り組む企業姿勢をアピールする材料にしているようで、いささか腑に落ちない。
つまり、イノベーションのスピードというのは、消費者のリテラシー進歩のスピードを超えた時に、キャズムが発生し、イノベーションのジレンマが起きるのではないかと思うからだ。70点を95点にする事に比べ、95点を99.97点にする難しさは尋常ではない。それだけ、そのかかる労力やコストに対しての効果が小さいとも言える。品質管理におけるσの世界であれば、6σを追求する意味があるだろうが、ことイノベーションに関しては、どこまで製品のパフォーマンスを上げるべきかは、よく考察すべきである。
積載効率を95%から99.97%に上げるのにかかるコストが、その効果より遙かに大きいようであれば、追い求めるべきではなく、日本のメーカーは非連続的イノベーションか、またはよりローコストで低品質の商品開発に注力すべきではなかろうか。そのよい事例が台湾製のノートPCだ。今や世界のノートPCの9割は台湾製だと言われている。消費者のリテラシーの進歩のスピードを無視した商品開発を進めると、こういう事が起きるのだと思う。ほとんど使われていない機能満載の携帯電話も全く同じではなかろうか。私が開発者だったら、ひたすら空しさを感じざるを得ない。
