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2009年10月20日
シュンペーターの企業家論(山川義介)
posted by Yoshisuke Yamakawa
前回のエントリーで、シュンペーターが企業家の類型に関して、『「企業家は(1)創意、(2)権威、(3)先見性によって特徴づけられる」「一度創造された企業を単に循環的に経営していくようになると、企業家としての性格を喪失する。」「創造の喜びや勝利への意欲が企業家を動機づけるのであって、決して経済的動機(=金儲け)ではないのである。」』という考えを示した。今回は少しその続きについて、参考文献からの引用をしたい。
(参考文献から引用)
シュンペーターは、企業家の行動を適切に解釈する動機として、
(1)私的帝国を建設しようとする夢想と意志。
(2)勝利者意志、利潤量はしばしば別の指標がないというだけで成功の指標になる。
(3)創造の喜び、企業家は変化と冒険とまさに困難そのもののために、経済に変化を与え、経済の中に猪突猛進する。
を挙げている。さらに彼の見解で注目すべきは、危険を引き受けることは企業家機能の要素ではない、ということである。危険を負担する者は、常に資本家だけである。企業家は、しばしば資本家として危険を負担することがあるというにすぎない。通常は、事が失敗しても損失をこうむるのは信用供与者である。*1
静態的な(外圧だけで動く)経済における企業の活動は、過去における企業の活動(売上げ)によって自らファイナンスされるのに対して、新結合はまさに新結合であるがゆえに「すでに流入しつつある収益によってまかなうことができない」。つまり新結合はその定義からして「ベンチャー」なのであり、企業の内部留保によってファイナンスすることは不可能だから必ず外部の資金に頼らなければならない。そうした資金の出し手が「資本家」である。資本家は新結合の担い手としての「企業家」とは全く異なる存在であることに注意しなくてはならない。企業家が「ベンチャー起業家」だとすれば、資本家は「エンジェル」などと呼ばれる資金の供給者である。*2
起業者であることは職業ではなく、通常一般的には永続する状態ではない。消費者はもちろん、企業の経営者ですら大多数の人は「慣行」に基づき行動している。これまでのやり方がうまくいかなくなったとき、大多数の人は、とまどい立ち往生するものだ。新結合の遂行者たる「企業者」は、ここで立ち往生しない人々なのである。 *2(「企業者」は「企業家」に、現代では「資本家」は「VC」と置き換えるとわかりやすいかもしれない)
参考文献
*1 J.A.シュンペーター 清成忠男編訳:「企業家とは何か」(東洋経済)
*2 「吉川洋:いまこそケインズとシュンペータに学べ」(ダイアモンド社)
シュンペーターという経済学者は、現代においても我々創業者であり企業家にパワーを与えてくれる。「企業家は歴史を超えた存在である」とも言っている。シュンペーターが主張する、景気循環を引き起こす、産業革命に匹敵するイノベーションが起こせるかどうかは別として、限られた予算の分配方法変更や借金での経済成長はあり得ず、画期的な新技術、新製品の出現のみが、閉塞感のある経済を打開する鍵ではないかと思う。そのために、我々ベンチャー企業がその一翼を担えれば、これほど幸せなことはない。
2009年10月20日 15:37
