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2010年02月08日

ツイッターとナラティブ(山川義介)

posted by Yoshisuke Yamakawa

ツイッターはキャズムを超えたのではないかと思う。週刊ダイヤモンドに特集され、3月号の日経トレンディ「次世代ネットの衝撃 クラウド・Twitter・電子書籍」でも特集が組まれている。テレビでもWBSはもちろんのこと、NHK教育のめざせ!会社の星でも取り上げられた。

一方、「ナラティブ」という言葉は、あまり聞き慣れないと思う。「物語」「話術」「語り口」といった意味だが、現代精神医学で用いられている精神療法の一つで、「ナラティブセラピー」ともいわれる。自分の経験や出来事を誰かに説明する陳述であり、複数の出来事が時系列に並んでいるのが特徴だそうだ。

ツイッターは、ある意味まさにこの「ナラティブ」ではないかと思う。なぜなら、一つひとつのつぶやきは、連続的ストーリーにはなっていない。しかし、誰かが「寿司食いたい気分」とつぶやいたことに、「一緒に行こうか」とか「昨日は何食べたの?」といったつながりや、「ネタは何が好きなの?」とか、「旨い寿司屋知ってるよ」「実は昨日いい店みつけたんだ」といった、複数の出来事の関連性が付加されることで、短いつぶやきがストーリーとなっていく。

短いナラティブ(つぶやき)が、共感や問いかけによって、最初の語り手の予想を超えるストーリーが出来上がる。このことは、ある意味、メディチインパクトでいうところの交差点であり、ドラッカーのいうところの予期せぬ成功のひとつのパターンではないかと思う。

ある人に、「今晩、新宿で寿司食おうと思うのだけど、一緒に行かない?」とメールなり電話なりをしたとして、もしその人の都合が悪く断られたら、多少のがっかり感があるだろう。仕方なく別の人を誘ってまた断られたら、もう今日は帰ろうと思うかもしれない。しかし、「寿司食いたい気分」とつぶやけば、共感して一緒に行ってくれる人が現れるかもしれないし、例えそういう人がいなくても、旨い寿司屋や好きなネタの話で盛り上がれば、じゃあ明日なら行けるよという話しになり、気持ちよく帰れるのではなかろうか。

人間には、頭の中で物語を作りながら考える「ナラティブモード」と、論理的、科学的に考える「パラディグマティックモード」という思考形態があるそうだが、両者は相互補完の関係にあり、現代社会において、論理や法則や必然ではなく、ゆるやかな絆の中で、お互いの偶然性や交差的パッションを基にして、新しいストーリーを作って行くことが重要なのではないだろうか。特にイノベーションを起こすという意味では。

2010年02月08日 19:54